相続税はかからない見込みだし、遺言書もない。財産といえば自宅と預金くらいで、 兄弟の仲も悪くない。だから話し合えばすぐ決まるだろう——そう思っていたのに、 半年経っても名義が変わらないまま止まっている。相続でつまずく多くは、 税額の計算ではなくこの「分け方が決まらない」段階です。

結論から書くと、遺産分割でもめるのは、分け方の選択肢を1つしか思いついていないときです。 法律上の分け方は4つあり、自宅が財産の大半という家庭でも取れる手があります。 この記事では法務省・国税庁・裁判所の公表資料をもとに、4つの分け方、協議書に書くこと、 そして期限の数え方を順に整理します。相続税の計算方法と、遺言書の書き方は扱いません。

遺産分割の4つの分け方(現物分割・代償分割・換価分割・共有分割)について、それぞれの内容と向いているケースを並べ、相続税10か月・相続登記3年・遺産分割10年という3つの期限を添えた図解
分け方を4つ並べてから、どれが自分の家に合うかを選びます。

この記事でわかること

  • 遺産分割協議が成立する条件と、無効になる典型例
  • 現物・代償・換価・共有という4つの分け方の違い
  • 自宅が財産の大半を占めるときに取れる手
  • 遺産分割協議書に必ず書く項目
  • 相続税10か月・相続登記3年・遺産分割10年という3つの期限
  • 話がまとまらないときの家庭裁判所の使い方

結論|先に相続人と財産を確定させ、分け方は4つから選ぶ

遺産分割協議は、話し合いから始めると空回りします。順番は ①相続人を確定する ②財産を確定する ③分け方を4つから選ぶ ④協議書にするの4段階です。 誰が相続人で、何がいくらあるのかが決まっていない状態では、合意しても後から覆ります。

相続人の確定には、被相続人の出生から死亡までの戸籍が要ります。ここで前妻の子や認知した子が 見つかることは珍しくありません。集めた戸籍は法務局の法定相続情報証明制度に出すと、 一覧図の写しを「無料で交付する」扱いで受け取れます。この写しは 「戸除籍謄本等の束の代わりに相続登記にご利用いただくことができる」ほか、 預金の払戻しや相続税の申告にも使えるので、最初に取っておくと後の手続きが軽くなります。 死亡直後にやるべきことの並びは 家族が亡くなった後の手続きの順番|期限のある9つを先に片づけるにまとめました。

遺産分割協議は相続人全員でなければ成立しない

遺産分割協議は多数決ではありません。相続人が5人いれば5人全員の合意が要り、 1人でも欠けた協議は無効です。連絡が取れない相続人がいる、 というだけで手続きは止まります。

判断能力が落ちた相続人がいる場合も、そのままでは協議できません。 成年後見人などを選ぶ必要があり、選任には家庭裁判所の手続きが要ります。 未成年の子が相続人で、親も相続人であるときは利益が相反するため、 特別代理人の選任が別途必要になります。この段取りを飛ばして押印だけ集めても、後で効力が争われます。

遺言書がある場合との関係

有効な遺言書があれば、原則としてそのとおりに分けます。ただし相続人全員が合意すれば、 遺言と異なる分け方をすることも可能です。遺言書の方式と、自筆証書遺言書保管制度の使い方は 遺言書は3種類ある|自筆証書遺言書保管制度と公正証書の選び方で扱っています。 借金のほうが多いと分かったときは、分け方を考える前に 相続放棄とは|借金や不要な不動産があるときの初動を先に読んでください。 相続放棄には3か月の期限があります。

分け方は4つある|現物・代償・換価・共有

分け方を1つしか知らないと、「自宅を売るしかない」「長男が全部取るしかない」という 両極端の話になりがちです。実務では次の4つが使われます。

分け方内容向いている場面注意点
現物分割財産をそのまま個別に割り当てる預金・株式など種類が多い金額をそろえにくい
代償分割多く取る人が他の相続人へ現金を払う自宅に住み続けたい払う側に現金が要る
換価分割売却して代金を分ける誰も使わない不動産譲渡所得税と売却費用
共有分割共有名義のまま持ち続ける結論を出せないとき次の相続で人数が増える

自宅が財産の大半という家庭で使われるのが代償分割です。 たとえば自宅3,000万円と預金600万円を子2人で分けるなら、自宅を取る側が もう一方へ1,200万円を払えば計算上は等分になります。ただし払う側に現金が要るため、 生命保険金を代償金の原資に充てておく、といった準備が生きます。

共有分割は「決めない」という決定

もっとも選びやすく、もっとも後を重くするのが共有分割です。共有のまま次の相続が起きると 持分がさらに細分化し、売却にも建て替えにも全員の同意が必要になります。 共有名義の不動産をどう扱うかは 不動産を相続したら最初にやること|登記・空き家・売却前の整理で詳しく扱っています。

遺産分割協議書に書く5つのこと

合意ができたら、口約束ではなく書面にします。登記や金融機関の手続きで提出を求められるためです。 決まった書式はありませんが、次の5つが欠けていると使えません。

  • 被相続人の氏名・死亡日・最後の住所(誰の相続かを特定する)
  • 相続人全員の氏名と、誰が何を取得するか
  • 不動産は登記事項証明書のとおりの表示(地番・家屋番号。住居表示では不可)
  • 預貯金は金融機関名・支店名・口座番号まで
  • 相続人全員の署名と実印の押印、および印鑑登録証明書の添付

後から財産が出てきたときに備えて、「本協議書に記載のない財産が判明した場合は◯◯が取得する」 といった条項を入れておくと、協議をやり直さずに済みます。代償分割にしたときは、 代償金の額と支払期限を必ず書いてください。書いていないと贈与とみなされる余地が残ります。

3つの期限|相続税10か月・相続登記3年・遺産分割10年

遺産分割そのものに期限はありません。しかし、放置すると不利になる期限が3つあります。

1つ目は相続税の申告期限10か月です。未分割のまま申告すると、国税庁の説明では 「小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例や配偶者の税額の軽減の特例などが適用できない申告になります」。 ただし「申告期限後3年以内の分割見込書」を添えて申告し、期限から3年以内に分割できれば、 分割の日の翌日から4か月以内に更正の請求をして特例を適用できます。 相続税がかかるかどうかの判定は 相続税の基本|基礎控除・申告期限・かかる人を整理するが入口です。

2つ目は相続登記の3年です。2024年4月1日から申請が義務化され、 「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内」に 申請しないと、正当な理由がない限り10万円以下の過料の対象になります。 施行前に起きた相続も対象で、その場合の期限は2027年3月31日です。 分割がまとまらないときは、相続人申告登記を単独で出しておけば義務は果たせます。

3つ目は遺産分割の10年です。2023年4月1日から、 「相続の開始から10年を経過した後にする遺産分割は、生前贈与等を考慮した具体的相続分ではなく、 民法上の相続分又は遺言により被相続人が指定した相続分によるものとされました」。 生前に多く贈与を受けた人がいる(特別受益)、介護を担った人がいる(寄与分)といった事情は、 10年を過ぎると原則として主張できなくなります。先送りは、事情を主張できる側にだけ不利に働きます

まとまらないときは家庭裁判所の調停を使う

話し合いが行き詰まったら、家庭裁判所の遺産分割調停があります。裁判ではなく、 調停委員を介した話し合いの場です。裁判所の説明では 「各当事者がそれぞれどのような分割方法を希望しているか意向を聴取し、解決案を提示したり、 解決のために必要な助言をし、合意を目指し話合いが進められます」とされています。

申立先は「相手方のうちの一人の住所地の家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所」で、 費用は被相続人1人につき収入印紙1,200円分と、連絡用の郵便切手です。 弁護士に依頼しなくても申し立てられます。調停でも合意に至らない場合は審判に移り、 裁判所が分割方法を決めます。感情の対立が深いときほど、第三者を早めに入れるほうが結論は早く出ます。

分割前でも動かせるお金がある

「協議が終わるまで一円も引き出せない」と思われがちですが、 2019年に創設された預貯金の払戻し制度があります。各相続人が単独で払い戻せる額は 相続開始時の預貯金の額×3分の1×その人の法定相続分で計算し、 同一の金融機関につき150万円が上限です。

たとえば預金600万円、相続人が子2人なら、1人あたり600万円×3分の1×2分の1で100万円まで 単独で引き出せます。葬儀費用や当面の生活費に充てられる仕組みですが、 引き出した分は最終的な取り分に含めて精算します。口座凍結の前後にできることは 親の口座が凍結される前と後にできること|代理人・後見・相続手続きにまとめました。

まとめ|分け方を4つ並べてから話し合う

遺産分割でもめる家庭の多くは、財産の額ではなく手順でつまずいています。 相続人と財産を確定し、現物・代償・換価・共有という4つの分け方を並べ、 そのうえで話し合う。この順番にするだけで、「売るか揉めるか」の二択から抜けられます。

そして期限は3つです。相続税は10か月、相続登記は3年、遺産分割は10年。 最後の10年は、事情を主張したい人ほど効いてきます。まだ相続が起きていないなら、 相続の前に家族で話しておきたいお金のこと|資産一覧・口座・保険・不動産で 財産の在りかを共有しておくことが、いちばん確実な準備になります。

よくある質問

Q. 遺産分割協議は相続人全員がそろわないと成立しませんか。
はい。遺産分割協議は多数決ではなく、相続人全員の合意が必要です。1人でも欠けた協議は無効になります。判断能力が落ちた相続人がいる場合は成年後見人などの選任が、未成年の子と親がともに相続人である場合は特別代理人の選任が別途必要です。この段取りを飛ばして押印だけを集めても、後から効力を争われます。
Q. 自宅が財産の大半で分けようがありません。どうすればよいですか。
代償分割という方法があります。自宅を取得する人が、他の相続人へ差額を現金で支払って調整するやり方です。たとえば自宅3,000万円と預金600万円を子2人で分けるなら、自宅を取る側が1,200万円を払えば計算上は等分になります。払う側に現金が要るため、生命保険金を代償金の原資として準備しておくと実行しやすくなります。
Q. 遺産分割に期限はありますか。
分割そのものに期限はありませんが、放置すると不利になる期限が3つあります。相続税の申告期限は10か月で、未分割のままだと配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えません。相続登記は2024年4月1日から義務化され、取得を知った日から3年以内に申請しないと10万円以下の過料の対象です。さらに2023年4月1日以降、相続開始から10年を過ぎた分割は特別受益や寄与分を考慮しない法定相続分によることになります。
Q. 遺産分割が終わる前に故人の預金を引き出せますか。
預貯金の払戻し制度を使えば、他の相続人の同意がなくても単独で引き出せます。金額は相続開始時の預貯金の額に3分の1とその人の法定相続分を掛けた額で、同一の金融機関につき150万円が上限です。預金600万円で相続人が子2人なら1人100万円までとなります。葬儀費用や当面の生活費に使えますが、引き出した分は最終的な取り分に含めて精算します。
Q. 話し合いがまとまらないときはどこに相談すればよいですか。
家庭裁判所の遺産分割調停を利用できます。裁判ではなく調停委員を介した話し合いの場で、弁護士に依頼しなくても申し立てられます。申立先は相手方の一人の住所地の家庭裁判所か、当事者が合意で定めた家庭裁判所です。費用は被相続人1人につき収入印紙1,200円分と連絡用の郵便切手で、調停でも合意できない場合は審判に移り、裁判所が分割方法を決めます。

参考資料

本記事は2026年9月1日時点の公開情報をもとに作成しています。制度は改正されることがあり、 個別の事情によって結論が変わるため、実際の判断にあたっては各機関の最新の公表資料をご確認いただくか、 弁護士・司法書士・税理士にご相談ください。