会社の数字を扱う人に、計算の速さより大事なものがあるとしたら何でしょう?アイルランドの新しい会計の授業が出した答えの一つは「正直さ」なんです。決算書は、作った人を信じられて初めて役に立つからです。

アイルランドの高校の会計の授業は、この「正直さ」と「パソコンの技術」を両輪にした新しい内容に変わる予定です。2025年8月、教育課程を作る機関(NCCA)がまとめた、新しい会計の科目の文書が公表されました。学校で始まるのは早くて2027年9月からです。第20回は、この文書から新しい授業の中身を見ていきます。前回のスコットランドの話と同じく、イギリスの隣の国の、選んで学ぶ科目の話です。

項目アイルランドの会計の授業(新しい Leaving Certificate Accounting)
対象年齢中学校から続く学校の最後の2年間です。この2年間の課程と、最後に受ける試験を Leaving Certificate と呼びます
必修か選択か選択です。生徒はふつう7科目ほどを学び、会計はその中から選べる科目の一つです
公式の教育課程NCCA の新しい会計の科目の文書(2025年8月公表)。2年間で180時間以上の授業を想定しています
授業の例一人で営むお店の決算書を、手でもパソコンでも作る。いくつ売れば赤字にならないかの計算を、条件を変えてやり直してみる
日本への示唆数字の技術だけでなく、正直さや環境への影響も、判断の材料に入れる
アイルランドの新しい高校の会計を整理した図。会計の基本と倫理、一人で営むお店の決算書、株式会社と現金の流れ、損益分岐点など判断のための数字の4つの柱があり、デジタル技術と、倫理と持続可能性の2つのテーマが全体を貫く。評価は筆記試験60%とパソコンで解く課題40%
NCCA の Leaving Certificate Accounting の新しい科目の文書(2025年8月公表)をもとに作成。

この記事で分かること

  • アイルランドの新しい会計の授業が、どんな4つの柱でできているのか
  • 全体を貫く「デジタル技術」と「倫理と持続可能性」というテーマの中身
  • 成績の4割を占める、パソコンで解く課題の仕組み

結論|帳簿の技術に、「正直さ」と「環境の目」を足す

新しい授業は、帳簿付けや決算書づくりといった技術を土台にしながら、2つのテーマを全体に通しています。一つはパソコンやAIといったデジタル技術、もう一つは倫理と持続可能性です。計算が合っているかだけでなく、「その判断は正直か」「お金以外への影響はどうか」まで考えさせるのが特徴です。成績も、筆記試験が6割、パソコンで解く課題が4割という組み立てになります。今の授業の文書では、評価は最後の筆記試験で行うとされています。

4つの柱|帳簿の基本から、判断のための数字まで

授業は4つの柱でできています。1つ目は会計の基本で、帳簿を左右に分けて付ける複式簿記や、決算書ができるまでの流れを学びます。2つ目は一人で営むお店、3つ目は株式会社の決算書です。株式会社では、現金の出入りをまとめた書類も作り、会社の「もうけ」と「現金」の違いを比べます。この違いは第11回の黒字なのに倒産する?でも紹介しました。

4つ目は、会社の中で判断に使う数字です。部品を自分で作るか買うか、製品を続けるかやめるかを費用で比べ、いくつ売れば赤字にならないかを計算します。売上や現金の予算も作りますが、予算は見積もりにすぎないという限界まで学ぶのがポイントです。

テーマ1|デジタル技術とAI

どの柱にも、パソコンを使って会計の作業をする目標が一つずつ入っています。生徒は2年間、実際にソフトを使って帳簿から決算書までを進めます。技術で正確さや速さ、安全性が上がることを体験する一方で、個人情報の扱いやサイバー攻撃、AIが会計に与える影響といった問題も考えます。

テーマ2|倫理と持続可能性

文書は、会計が「信頼」に大きく頼っていると書いています。授業では、誠実さ、客観性、専門家としての能力と注意深さ、秘密を守ること、職業人らしいふるまいという5つの原則を学びます。利害がぶつかる場面や正直な報告といった、会計の現場でよくある悩みを話し合うのも特徴です。会社の判断では、持続可能性や社会への責任といった「お金以外の要素」も考えに入れるよう求めています。

成績の4割は「パソコンで解く課題」

評価は2本立てです。筆記試験(60%)は、上級と普通の2つのレベルに分かれます。もう一つの「応用会計」の課題(40%)は全員が同じ課題に取り組み、試験を運営する機関が前もって課題の説明書を公表します。課題は最終学年の2学期ごろに、監督のある環境で、パソコンを使って決められた時間内に解く予定です。実際の会社に近い場面のデータを分析し、おすすめの行動を提案します。高い評価を得るには、自分の分析の限界まではっきり示すことが求められます。

ここは誤解しやすいポイント

  • アイルランドの高校生が全員この科目を学ぶわけではありません。会計を選んだ生徒の話です
  • 新しい内容が学校で始まるのは、早くて2027年9月からです。2026年11月時点では、今の文書にもとづく授業が続いています
  • パソコンの課題の進め方は「予定」として書かれており、細かい手順は今後、試験を運営する機関が決めます

日本の大人が生かすなら

まねしやすいのは、数字で判断するときに「お金以外のメモ」を1行足すことです。例えば架空の小さなパン屋さんが、仕入れ先を安い業者に替えると利益が月3万円増えるとします。そこで「長年の取引先との関係は?」「材料の品質や、遠くから運ぶ分の環境への影響は?」と書き出してから決めるんです。もう一つは、自分の計算の限界を書いておくこと。実在の会社で試すなら、金融庁のEDINETで有価証券報告書を開き、数字の横に「この数字で分からないこと」を書き出してみてください。決算書の読み方の全体像は、第2回の「作る会計」と「読む会計」と第15回の3枚の決算書は1本の映画が参考になります。

まとめ|技術と正直さは、セットで身に付ける

アイルランドの新しい会計の授業は選択科目ですが、帳簿の基本から株式会社の決算書、判断のための数字までを、パソコンでも手でも扱います。そこに、デジタル技術と、倫理と持続可能性という2つのテーマを通し、成績の4割をパソコンで解く課題に充てます。数字を正しく作る技術と、それを正直に使う姿勢を一緒に育てる設計なんです。特集の全体像は第1回の世界の中高生は会計をどこまで習う?で振り返れます。

よくある質問

Q. アイルランドの高校生は全員が会計を習うの?
いいえ。会計は選んで学ぶ科目です。中等学校の最後の2年間に、生徒はふつう7科目ほどを学び、会計はその中から選べる科目の一つです。
Q. 新しい会計の授業はいつから始まるの?
新しい科目の文書は2025年8月に公表され、学校で始まるのは早くて2027年9月からとされています。それまでは今の文書にもとづく授業が続きます。
Q. パソコンで解く課題はどんな内容?
実際の会社に近い場面のデータを分析し、会社の今と将来の状態を見極めて、おすすめの行動を提案します。成績の4割を占め、監督のある環境で決められた時間内に解く予定です。
Q. 倫理の授業では何を学ぶの?
誠実さや客観性、秘密を守ることなど5つの原則を学び、利害がぶつかる場面や正直な報告といった会計の現場の悩みを話し合います。お金以外の要素を判断に入れることも学びます。

参考資料

本記事は2026年11月7日時点の公開情報をもとに作成しています。パン屋さんの話は説明のための架空の例で、実際の授業や試験の問題ではありません。新しい科目の文書の導入時期や評価の進め方は、今後変わることがあります。