2026年10月5日から9日にかけて、米運用会社アポロ・グローバル・マネジメントのチーフエコノミスト、トルステン・スロック氏は、同社が毎日無料で公開している短いレポート「Daily Spark」でAI投資を立て続けに取り上げました。同じ週には、OpenAIの売上をめぐる報道でAI関連株が売られ、レイ・ダリオ氏もAI相場への警告を発しています。
AIブームを支えているお金はどこから来て、どこで詰まりうるのか。スロック氏の指摘を同社の公式サイトで確認し、同じ週の出来事と合わせて整理します。
何があったか
アポロは、銀行以外からの企業融資(プライベートクレジット)を主力とする米大手運用会社です。スロック氏は同社のパートナー兼チーフエコノミストで、データを1枚のグラフにまとめて論点を示す日刊レポートで知られています。この週のAI関連の4本は次のとおりです。
| 公開日 | タイトル(原題) | 主な内容 |
| 10月5日 | No Signs of AI in the Productivity Data | 技術進歩を表す全要素生産性に、AIの効果はまだ表れていない |
| 10月6日 | Are Rates Peaking Within the Next Month? | AI関連企業のCDSスプレッドが広がり、AI投資への疑問が増えている |
| 10月7日 | Europe Is Financing the US AI Buildout | 米巨大IT企業が欧州通貨建てで社債を大量発行している |
| 10月9日 | AI's Insensitivity to Interest Rates Is a Problem for the Fed | AI投資は金利が上がっても衰えず、FRBを難しい立場に置いている |
10月7日の回は、同社の欧州・政策ストラテジストであるヒュー・ヴァン・スティーニス氏の執筆です。
発言の要点3つ
- AI投資には金利が効かない。資金・電力・人手を住宅や自動車といった金利に敏感な分野から吸い上げており、FRBは高い金利を長く続けざるを得ない(10月9日)
- 巨大IT企業は借金で投資をまかなう度合いを強めている。欧州通貨建ての社債発行は今年すでに480億ドルで、2025年通年の3倍を超えた。2027年はさらに25%増える見通し(10月7日)
- 回収はまだ見えていない。経済全体の効率が上がった証拠は統計に出ておらず、AI関連企業の信用リスクを測るCDSスプレッドも広がっている(10月5日・6日)
原文から
10月5日の回で、スロック氏はまず、AIが経済を根本から効率化しているのかと問いを立てます。そして、こう答えました。
So far, the data says no.
今のところデータは「否」と言っている、という趣旨です。1時間あたりの生産量(労働生産性)は2.5%前後と2005年以降の平均を上回っています。ところが、技術進歩の度合いを表す全要素生産性(サンフランシスコ連銀の稼働率調整済みの系列)はゼロをわずかに下回り、AI投資が本格化してからも加速していません。同氏は、労働生産性の伸びは機械や設備を増やした効果で説明できると見ています。
10月9日の回では、AI投資の勢いがFRBを板挟みにしていると指摘したうえで、解決策について次のように述べました。
the only durable fix is expanding the supply of power, chips and infrastructure
金融政策ではこの偏りは直せず、持続的な解決策は電力・半導体・インフラの供給を増やすことだけだ、という主張です。
前提知識
この記事に出てくる言葉は、用語集で詳しく解説しています。
金利が上がると債券の価格がなぜ下がるのかは、債券ファンドはなぜ金利上昇で下がるのかで解説しています。
なぜ重要か
「金利が効かない」投資は、痛みを他の分野へ回す
本来、利上げは企業や家計の借り入れを抑え、景気を冷やします。ところがAI投資は、巨大IT企業の豊富な資金と、乗り遅れれば負けるという競争に押されて進むため、金利が上がっても止まりません。その結果、利上げの痛みは住宅や自動車といった金利に敏感な分野に集中します。スロック氏は、一つの産業の好況が他の産業を細らせる現象を指す「オランダ病」にたとえています。
FRBは9月の会合で政策金利を0.25%引き上げて3.75〜4.00%とし、10月7日に公表された議事要旨では、大半の参加者が年内にもう一段の利上げが適切になる可能性が高いと判断しました。議事要旨は、エネルギー高とともにAI関連投資の急増を物価上昇の要因に挙げています。スロック氏によれば、利回りが3%を超える債券は世界の債券市場の84%に達しました。2022年1月には12%でした。
手元資金から借金へ
巨大IT企業はこれまで、AI投資の多くを本業の稼ぎでまかなってきました。10月7日の回が示すのは、その資金源が社債に広がっていることです。欧州通貨建ての発行額は今年すでにユーロ270億、ポンド130億、スイスフラン75億で、投資適格社債の発行に占める割合はユーロで3%、ポンドで10%、スイスフランで22%に達しました。米国の社債市場での割合は8%です。
同じ回は、ほかの企業の資金調達を押しのける動きは今のところ見られないとしつつ、2027年にはこの資金需要が欧州の債券市場にもっと大きな影響を与えると予想しています。借金で投資する以上、いずれ利払いと返済に見合う収入が必要になります。その収入が見えるかどうかが、10月6日のCDSの話につながります。
同じ週に起きたこと
OpenAI「200億ドル下振れ」報道は、事業の急減速ではない
10月8日、英フィナンシャル・タイムズ(FT)は、OpenAIの年換算売上高がこれまで伝えられていた水準を約200億ドル下回ると報じました。ロイターも関係筋の話として、OpenAIが9月の年換算売上高を500億ドル近くと投資家に説明したと伝えています。9月下旬には、700億ドルに迫っているとの報道が出ていました。この日、AI関連株は売られています。
ただし、報道の中身をよく読むと、差の主な原因は売上の数え方です。ロイターによれば、OpenAIはアマゾンのAWSやグーグル・クラウドといった提携クラウド経由の販売を自社の売上に計上していません。一方、競合のAnthropicは計上しています。700億ドルという数字は、両社を同じ基準で比べるために、提携先経由の分を加えて算出したものだったとされます。
日本語の報道には「売上高が従来予想を大幅に下回る」といった見出しもありましたが、事業そのものが急に失速したという話ではありません。ロイターによれば、OpenAIの年換算売上高は年初時点で200億ドルでした。同じ記事でロイターは、4〜6月期の売上高はOpenAIが67億ドル、Anthropicが115億ドルで、OpenAIが初めて抜かれたとも伝えています。ただ、両社の計上方法の違いはこうした比較にも影響しうるため、数字の大小はその前提つきで読む必要があります。
それでも株価が反応したことには意味があります。OpenAIは上場しておらず、監査を経た決算を公表していません。OpenAI自身もこの件にコメントしていません。AI投資の前提となる収入の数字が、報道と推計に頼っていることが改めて見えた出来事でした。なお年換算売上高は、ある月の売上を12倍した数字であることが多く、アナリストからは誤解を招きやすいとの指摘もあります。
上場を控えるAnthropic
Anthropicは2026年6月1日、新規株式公開(IPO)に向けた登録届出書の草案を米証券取引委員会(SEC)に非公開で提出したと発表しました。SECの審査が終われば上場できる選択肢を得たとしており、株数と価格は未定、上場は市場環境などに左右されるとしています。上場の時期は公式には示されていません。ロイターは、OpenAIも上場の準備を進めていると伝えています。
上場が実現すれば、監査を経た売上高と、その計上方法が公開の書類で初めて明らかになります。今回のような数え方の違いを、読者が自分で確かめられるようになるということです。
ダリオ氏の警告
10月7日には、ブリッジウォーター創業者のレイ・ダリオ氏が、シンガポールで開かれたフォーブス主催の会議で、AI相場はバブルであり、はじける地点に近づいているとの見方を示したと報じられました。AI投資を借金でまかなう動きと金利の上昇が重なること、そして資産を現金に換えざるを得ない局面を引き金に挙げています。講演の公式記録は確認できていないため、ここでは要旨にとどめます。ダリオ氏の債務と金利をめぐる見方は、8月の記事レイ・ダリオ氏の債務危機論を読むで取り上げました。
反対の見方
この週の論調は警戒に傾いていますが、割り引いて読むべき材料もあります。
- 生産性は遅れて表れる。スロック氏自身、電気やITが経済全体の統計に表れるまで10年以上かかったと断っています。全要素生産性は過去40年、マイナス3%からプラス4%の幅で振れており、今の水準は特別に低いわけではありません
- FRBの多数派は効果を見込んでいる。9月の議事要旨では、参加者はおおむね、AI関連投資が今後数年で生産性と潜在成長率を押し上げる可能性が高いと判断しました。不確実性が大きいとも付け加えています
- 借金ができるのは信用力が高いからでもある。欧州で社債を出しているのは格付けがAA-以上の企業で、社債スプレッドは狭いままです。ほかの企業の資金調達を押しのける動きも、今のところ見られません
- 需要は伸びている。数え方の違いを除いても、OpenAIの年換算売上高は年初の200億ドルから9月の500億ドル近くへ伸びたと報じられています
- 「バブルが近い」は時期を示さない。同じ警告が何年も続くことは珍しくありません。ダリオ氏も、はじける時期を特定してはいません
個人投資家にとっての論点
ここで挙げるのは売買の推奨ではなく、自分の資産を点検するための視点です。
手持ちの投資信託の中のAIの比重を知っておく
オール・カントリーやS&P500に連動する投資信託は時価総額加重のため、AI相場で値上がりした大型株の比重が自然に大きくなります。運用会社の月次レポートで、組入上位10銘柄とその比率を確認しておくと、集中リスクの大きさが分かります。
債券の側にもAIがいる
欧州の例が示すとおり、巨大IT企業の社債は投資適格債の指数の中で比重を増しています。株と債券で分散しているつもりでも、両方が同じテーマにつながっている可能性があります。分散の考え方は分散投資とは何かで整理しています。
金利の高止まりは家計にも届く
スロック氏の言うとおりFRBが高い金利を長く続けるなら、債券価格や為替、住宅ローンの金利にも影響します。変動金利で借りている人は金利上昇局面での判断軸も参考になります。
未上場企業の数字は報道ベースだと意識する
大型の上場が近づくと、売上や企業価値の数字が数多く出回ります。それが監査済みの公表値なのか、関係者の話や推計なのかを区別して読むことが、熱気に流されない第一歩です。相場が大きく動いたときに避けたい行動は、相場が急落したときに何をしないかにまとめています。
今後の検証ポイント
| 見るところ | 警戒論を裏づける動き | 楽観論を裏づける動き |
| 巨大IT企業の決算(10月下旬) | 設備投資の上方修正が続き、借り入れが増える | 売上・利益の伸びが投資の伸びに見合う |
| AI関連企業のCDS・社債スプレッド | 拡大が続く | 縮小に転じる |
| 全要素生産性 | 横ばい・マイナスが続く | 上向きに転じる |
| FRBの金利と住宅・自動車 | 利上げが続き、金利に敏感な分野が悪化する | 金利のピークが見え、悪化が止まる |
| AnthropicやOpenAIの公開書類 | 監査済みの売上や収益性が想定を下回る | 報道どおりの伸びが確認される |
とくに注目したいのは、上場に伴って出てくる公開書類です。これまで報道と推計で語られてきたAI企業の稼ぐ力が、初めて同じ基準の数字で確かめられます。
この記事のまとめ
- アポロのスロック氏は、AI投資は金利が上がっても衰えず、その痛みが住宅や自動車に回ってFRBを板挟みにしていると指摘した。巨大IT企業は欧州でも社債を大量に発行し、借金への依存を強めている
- 一方、AIが経済全体の効率を上げた証拠は、まだ統計に表れていない。同じ週のOpenAI「200億ドル下振れ」報道は主に数え方の違いだったが、AIの収入の数字が報道と推計に頼っていることを示した
- 生産性の効果は遅れて出るという反論もある。巨大IT企業の決算、信用スプレッド、上場企業の公開書類が、どちらの見方が正しいかを確かめる材料になる
よくある質問
- Q. スロック氏とはどんな人ですか?
- 米運用会社アポロ・グローバル・マネジメントのパートナー兼チーフエコノミストです。経済や市場のデータを1枚のグラフで示す短いレポート「Daily Spark」を、同社サイトで毎日無料公開しています。
- Q. OpenAIの売上が200億ドル減ったのですか?
- いいえ。報道によれば、主な原因は数え方の違いです。OpenAIは提携クラウド経由の販売を売上に含めておらず、それを含めて算出した700億ドルという数字との差が200億ドルでした。OpenAIは非上場で監査済みの数字を公表しておらず、この件にコメントもしていません。
- Q. Anthropicはいつ上場するのですか?
- 公式には示されていません。同社は2026年6月1日に上場申請の草案をSECへ非公開で提出したと発表し、株数・価格は未定、上場は市場環境などに左右されるとしています。
- Q. 「AI投資に金利が効かない」とはどういう意味ですか?
- 利上げをしても、巨大IT企業のAI投資は資金力と競争に押されて減らない、という意味です。その分、利上げの痛みが住宅や自動車など金利に敏感な分野に集中し、FRBは高い金利を長く続けざるを得なくなる、とスロック氏は指摘しています。
- Q. オルカンや米国株インデックスの投資信託を持っています。何をすればよいですか?
- 売買を勧めるものではありません。運用会社の月次レポートで組入上位銘柄とその比率を確認し、AI関連の大型株にどれだけ偏っているかを知っておくことが出発点です。
⚠️ 本記事のご利用にあたって
本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の購入を推奨するものではありません。投資判断は最終的にご自身の責任で行ってください。
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