日銀の利上げ観測が出た途端に円高へ振れる。中東での交渉が伝わると原油が急落し、株が勢いよく反発する。こうした動きを見ると、材料が効いた、流れが変わったと受け取りたくなります。田中泰輔氏は、そこで一度立ち止まります。最初の値動きを生んでいるのは材料そのものより、逆向きのポジションを抱えた人たちの手じまいではないか、と考えるのです。
2026年9月24日開催の田中泰輔のマーケットゼミ質問会では、相場の一時的な反応と持続するトレンドを見分けるための視点が語られました。
最初に動くのは「やられる」側の人たち
質問会では、日銀が政策金利を1.25%まで引き上げても円安が止まらないのはなぜか、という問いが出ました。田中氏はまず、円を売って新興国の高金利通貨を買う円キャリー取引が四半世紀以上にわたって世界に定着していると指摘。インフレを考えれば1.25%はまだ低く、円安を抑え込む力はないと見ています。
それでも、米財務長官が日銀の利上げ加速に言及した場面では、介入がないのに円高方向へずるずると動きました。田中氏の説明では、円売りポジションを抱えた投機筋が怖くなり、手じまいを始めたことが連鎖した反応です。ポジションを持っていて、やられるかもしれないと感じている人が一番敏感だ、と田中氏は言います。
ここを取り違えると、日銀の政策が効き始めたと早合点してしまいます。相場の一時的な反応は、逆サイドのポジションを持っている人たちの処分から始まる。材料の評価とは別に、まずこの順番を押さえておく必要があります。
持続するかは、新規の買い手が続くかで決まる
田中氏は、トレンドとして政策が効くまでには段階があると整理します。第一段階は、逆サイドの人が損切りして相場がそちらへ動くこと。問題はその先で、新たに円買いのポジションを作る人が出てくるかどうかです。今の金利水準には、そこまでの力はないと田中氏は見ています。
新規の買い手が続かなければ、どうなるか。巻き戻しを煽っていた投機筋は利益確定のために円を売り戻し、円安が再び進みます。すると、円高の場面では円を売っておくべきだったと考える実需の人たちもついてくる。利上げしたのに効かない、という納得しにくい展開は、こうして生まれます。この見方は、円安を三層に分けて読む回で田中氏が示した、ポジションの偏りだけで為替が上下に大きく振れうるという警戒とも重なります。
逆に言えば、材料を受けて新規にドル売りを仕掛ける人が152円でも出てくるようなら、145円、140円もありうる、と田中氏は述べています。方向を決めるのは最初の動きの大きさではなく、その後に新しいポジションが積み上がるかどうかなのです。
原油の急落と半導体株の急反発をどう見たか
同じ構図は、為替以外でも起きています。WTIが100ドルを超えていた局面で、トランプ大統領がイランとの交渉を示唆すると、原油は一時90ドルを割るところまで急落しました。水面下で大きな進展があったのかと考えたくなる場面ですが、田中氏が見たのは、投機的な原油買いが膨らんでいたという事実でした。最初は利益確定でも、途中から損切りに変わると、有無を言わさぬロスカットラッシュになって極端な値動きになります。
米国の半導体株も勢いよく反発しました。金利低下が好感されたと解説されましたが、5.0%台から4.98%への低下では、ほとんど動いていないに等しい。踏み上げられた売り方の買い戻しも含んだ過剰反応だと判断し、田中氏はこの反発には乗らなかったといいます。90ドルを割った原油を、ここから80ドル、70ドル台を目指して売り込む人が出てくるかといえば、それは出にくい。原油の下げが止まれば金利の低下も止まり、株の支えも続かない、というのが田中氏の読みでした。
過去のポジションが、次の反応を決める
相場が上がっているとき、買いと売りはどちらが多いのか。田中氏の答えは、同数です。売る人がいなければ買えないからです。それでも価格が動くのは、より高くても買う勢力、より安くても売る勢力がいるからだと田中氏は説明します。日本では個人も年金も基本的に逆張りで、相場の振れを抑える側に回りやすい。日経平均が一方向に大きく動くときは、たいてい海外勢が絡んでいると見ています。
ロング、ショート、ニュートラルでは、同じニュースへの反応がまるで違います。だから田中氏は、ニュースは予測できないから相場も予測できない、という考え方を取りません。田中氏の言葉では、過去に作ったポジションは「次の行動、次の心理を制約する」。どちらにポジションが傾いているかがわかれば、悪材料が出たときに誰が真っ先に反応するかは、ある程度読めるというわけです。
チャートは心理を測る心電図
田中氏はチャートの見方にも、この考え方を持ち込みます。売買シグナルとして読むのではなく、チャートそのものを心理を測るための心電図のように捉える。移動平均線を見るときも、トレンドの判定より、相場がその線に対してどこにあるかを見て、投機筋がいま心地よくやれているのか、苦しくなっているのかを評価するといいます。
苦しい人たちがどの価格帯でポジションを作ったかを想定すれば、連鎖的な売りが雪崩のように起きるのか、踏みとどまるのかも見当がつく。反発局面でも、含み損を抱えて戻ったら売りたいと考える人がどこにどれだけいるかを考えるため、上値には限界があると見込めます。損失が10万円のうちは慌てて損切りする人も、500万円に膨らむと追加の10万円には鈍感になる。行動経済学のプロスペクト理論が示すこうした感度の変化も、田中氏は相場の局面に応じて当てはめています。
この記事のまとめ
- 材料が出た直後の値動きは、逆サイドのポジションを持つ人たちの損切りから始まることが多い。
- トレンドとして続くかは、損切りが一巡した後に新規のポジションを作る人が現れるかで決まる。
- 原油の急落や半導体株の急反発も、材料の大きさに比べて反応が過剰ではないかという目で点検する。
- 売買は常に同数で、価格を動かすのは高くても買う・安くても売る勢力。過去のポジションが次の反応を縛る。
- チャートは売買シグナルではなく、含み益・含み損を抱えた人の心理を映すものとして読む。
大きく動いた相場を前にすると、その理由を材料の中に探したくなります。しかし本当に確かめるべきは、誰がやむを得ず動いたのか、そしてその後に自分の意思で同じ方向へ入ってくる人がいるのか、という点です。この二つを分けて見るだけで、急な値動きに振り回される場面はかなり減らせるはずです。
本記事は、2026年9月24日開催「田中泰輔のマーケットゼミ 質問会」で語られた考え方を抜粋・整理したものです。1テーマに絞っており、質問会全体の内容は講座でご覧いただけます。
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