「円安になれば輸出企業は儲かる」――長く信じられてきたこの図式を、宮島秀直氏は160円台という水準で明確に否定します。円が下がるほど有利になるのではなく、ある地点を超えると輸出企業ですら苦しくなる。その分岐点がどこにあり、なぜそこに向かっているのかが、この日の中心テーマでした。

2026年7月15日開催の投資戦略ゼミ月例レポート解説セミナーでの議論を整理します。

為替介入は「水準」ではなく「速度」で決まる

まず宮島氏が正したのは、為替介入をめぐる誤解でした。「162円まで来たのだから、そろそろ介入だ」という水準論は成り立たない、というのです。

介入には米国側の同意が要る。日本単独ではなく、協調・委託介入とレートチェックを伴ってこそ投機筋への抑止が効くからです。そして同意の前提になるのは、1か月で7〜10円、あるいは1週間で3〜5円といった急速な円安が進んだという「速度」です。宮島氏は財務省の担当者にも確認したうえで、直近1か月の変動が1円程度にとどまる状況では条件を満たさないと説明しました。

速度違反の取り締まりに例えるなら、止まっている車を過去の平均速度で違反にはできない。どの水準にあるかではなく、どれだけの期間でどれだけ動いたかが判定基準だ、という整理です。

売りたくても売れない――ポジションの張り詰め

では、なぜ相場は162円台で足踏みしているのか。宮島氏が示したのは、シカゴの先物市場における円のネットポジションでした。

2000年以降のデータを見ると、円ショート(円売り)は2007年、2013年、2017年、2024年に、ほぼ同じ水準で下限を作っています。そこを割り込むと、猛烈な買い戻しで一気に円高へ振れる。7月上旬にこの下限に近づいたところで、ポジションはいったんリバウンドしました。「これ以上は売れない」という怖さが働いた形です。

ただし宮島氏は、この均衡の脆さも指摘します。誰かがその記録を破って新しい下限をつくってしまえば、「もっと売っても大丈夫だ」という安心が生まれ、歯止めが外れる。円安が止まっているのは需給の緊張によるものであり、構造が変わったからではありません。

政策金利が上がると、長期金利も円安も進む

宮島氏が繰り返し使うのが、2015年以降の政策金利と長期金利の相関です。理屈のうえでは、利上げは通貨高につながりそうに見えます。しかし実際のデータでは、政策金利が上がるときに長期金利も一緒に上がってきた。そして長期金利と円相場もまた、強く連動しています。

この関係で読むと、長期金利2.85%におおむね対応するのが165円。すでに2.8%を超えている以上、本来の水準は165円だという計算になります。さらに年末までに0.5%の追加利上げがあれば長期金利は3.2%へ、対応する円相場は170円台に届く――宮島氏はそこまで具体的に示しました。

その背景には、日銀の意思決定の力学の変化もあります。総裁・副総裁の健康問題が続くなか、利上げに積極的な副総裁が主導権を握る可能性が高まっている、というのが宮島氏の見立てです。

160円を超えると、輸出企業も守りに入る

ここからが逆説です。宮島氏は、160円を超えた円安は自動車メーカーにとって追い風ではなく逆風になると断じました。

自動車は、銅・鉛・鉄・アルミニウム、そしてレアアースを海外から調達して作ります。円が下がれば、これらの輸入コストが跳ね上がる。輸出側の売価は為替ほど機動的に動かせないため、採算の分岐点(ブレークイーブン)がじわじわ悪化していきます。「円安だから輸出企業は大丈夫」という前提は、160円を超えたあたりから成り立たなくなる、というのが宮島氏の警告です。

半導体製造装置も同様です。輸出比率が圧倒的に高い産業ですが、円が下がった分だけ現地通貨建ての定価を引き上げなければ利益を維持できない。しかし値上げは顧客離れを招きます。165円を超えれば大幅な値上げを迫られ、それは需要を削る――ここでも円安は味方になりません。

だからこそ、170円という水準は「輸出企業に有利な円安」ではなく、日本経済にとって深刻な事態として語られます。宮島氏は、そこへ至らないためにできる最善は余分な赤字国債を出さないことだと述べました。

財政と原油――円安を押す2つの追加要因

その赤字国債こそが、いま円安を押している要因のひとつです。宮島氏によれば、掲げられた大型投資計画のうち政府の真水部分は全体の2割程度にとどまり、その財源は今後15年にわたる巨額の赤字国債発行で賄う設計になっている。この計画が示された瞬間に円は2円下落し、長期金利は2.5〜2.6%まで上昇しました。

もうひとつが原油です。戦略備蓄からの放出分を年末までに補充する必要があり、その調達は相対取引で決まるため、急いで買う側は足元を見られます。宮島氏は2割程度の価格上昇を見込みました。加えて、ロシアの石油精製能力が大きく落ち込み、ディーゼルやナフサの輸出が絞られたことで、日本は代替調達を他国と競り合う立場に置かれています。円安と調達コストの上昇が重なれば、物価はさらに押し上げられます。

そして物価が上がれば、日銀はさらに利上げへ傾く。利上げは長期金利を押し上げ、長期金利は円安を呼ぶ――このループこそが、宮島氏がこの日いちばん警戒していたものでした。

この記事のまとめ

  • 為替介入の条件は水準ではなく速度。1か月7〜10円・1週間3〜5円が目安で、米国側の同意が要る。
  • 円ショートは過去の下限に接近してリバウンド。売れないのは需給の緊張によるもので、構造の変化ではない。
  • 政策金利↑ → 長期金利↑ → 円安、という連動が2015年以降続いている。2.85%が165円に対応する。
  • 160円超えでは自動車の輸入コストが膨らみ、採算分岐点が悪化する。半導体製造装置も値上げを迫られる。
  • 赤字国債と原油・ナフサの調達コストが、円安と物価上昇をさらに押している。

為替を「いくらになったか」で語ると、判断を誤ります。どれだけの速さで動いたか、金利とどう連動しているか、そして企業の採算分岐点をどこで越えるのか。この3つで見れば、円安が追い風から逆風に変わる地点が見えてきます。

本記事は、2026年7月15日開催「宮島秀直の投資戦略ゼミ 月例レポート解説セミナー」で語られた考え方を抜粋・整理したものです。1テーマに絞っており、セミナー全体の内容は講座でご覧いただけます。

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