日本でも金利が上がり始めると、多くの人はまず株価への影響を気にします。金利が上がればグロース株は売られる、円高が進めば輸出企業が苦しくなる――そうした連想です。田中泰輔氏は、日本の個人投資家が本当に気をつけるべき点はもっと身近なところにあると言います。家計がどんな借り方でお金を借りているか、という点です。
2026年8月20日開催の田中泰輔のマーケットゼミ質問会では、日本が「普通に金利がある社会」へ移っていくときの弱点と、そこから見える金利・為替・債券の見通しという視点が語られました。
米国の家計が利上げに耐えられた理由
田中氏が比較の材料にしたのは、コロナ禍の米国です。当時、米国もほぼゼロ金利の政策をとりました。米国の人たちは、それ以前の高い金利の時代を知っています。ここまで金利が下がったなら、長期の固定で借りておくほうが得だ――そう考えて、住宅ローンを固定金利で組んだり借り換えたりしました。
その後、FRBが利上げを重ねたとき、住宅ローンを抱える家計が苦しくなるのではないかと心配されました。ところが、7割以上が固定で借りていたため、影響はそれほど出なかった。新しく家を買う人にとってローンは重くなっても、家計の消費が大きく崩れなかったのは、この借り方のおかげだと田中氏は説明します。
日本は「変動で借りるのが得」だった
日本はどうだったか。景気回復が見えては頓挫し、それを支えるためにほぼゼロ金利の状態が延々と続いてきました。そうなると、わざわざ固定で借りる発想は生まれにくい。ゼロに近い変動金利で借り続けるのが得、という時代が長すぎたのです。
その結果、日本では住宅ローンの大半が変動金利で組まれています。金利が上がってくると、途端に返済が回らなくなる人が多い。田中氏は、レバレッジをかけて不動産投資をしている個人も同じ不安を抱えていると指摘します。金利が上がれば、採算に乗らなくなる可能性がある。都心のマンションなら値上がりしているかもしれないが、日本全国で見れば値下がりしていく物件のほうが多い、とも付け加えました。
変動金利のローンは、金利が一気に跳ね上がらない設計になっているため、1年、2年で困ることは少ないでしょう。問題は、金利のある状態が数年にわたって続いたときに、この潜在的な不安がじわじわと表に出てくることです。
財政の利払いも、時間差で効いてくる
時間軸で見るべきなのは家計だけではありません。名目成長率が高まると、税収は経済成長率以上のペースで伸びます。そのため、デフレを抜けてインフレ気味になった時点で、対GDP比で見た財政赤字は縮んでいく。この点は、金利は名目GDP成長率で測るで取り上げた考え方とも重なります。
ただし田中氏は、ここにも時間差があると言います。2〜3年前にゼロに近い金利で発行した10年国債は、まだ残存期間が7〜8年ある。いま新しく発行する国債の金利が少し上がっても、利払い費はすぐには増えません。しかし時間がたち、3%、4%といった金利の国債が残高の半分を占めるような時代になると、利払いは一気に膨らむ。家計の変動金利ローンと同じく、目先は困らなくても後から効いてくる構造です。
だから日銀は急いで上げられない
円安を止めるほど金利を上げるなら、おそらく2.5%といった水準の金利観になるだろう、と田中氏は見ています。しかし、そこまで上がれば変動で借りている家計や不動産投資の採算が崩れかねない。拙速に進めれば大きなダメージを受けかねない状況が数年続くため、結果として金利はさほど勢いよく上げられないのではないか、というのが田中氏の読みです。
その裏返しとして、円高もそれほど進まないと田中氏は考えています。上値をやや抑えても、140円台から150円台あたりにとどまるのではないか。この範囲で推移できれば、日本経済もそれほどひどいことにはならずに済む可能性がある。円安の地合いが残る限り、AI需要が回ってくる企業の株価にとっては追い風が続きやすい、という見方です。
もっとも田中氏は、これを楽観論として語ってはいません。こっちを立て、こっちを支え、こっちを抑えながら恐る恐る進むしかない、単純ではないかじ取りが延々と続く。円安阻止や財政といった1つの問題だけを拡大解釈すると、懸念が一気に膨らんで見えてしまう、とも注意を促しました。
債券が、個人の選択肢に戻ってくる
金利がある社会には、個人投資家にとっての良い面もあります。数年前までは、新NISAが始まればオルカン、あるいはS&P500と、選択肢はほぼ株一択でした。日本国内の債券は、個人が投資する価値がないほど金利が低かったからです。
日本の中立金利は、かつて1〜1.5%程度と言われていましたが、最近は1〜2.5%と評価されるようになっています。インフレ2%に巡航の成長率0.5%を足せば2.5%、というのが1つの目安です。そのうえで長期金利が3%、3.5%となってくれば、個人にとって結構いい金利水準だという見方ができる、と田中氏は言います。インフレや財政への不安があるなら、インフレ連動型の国債のように、インフレに見合った金利が得られるものも買いやすい資産になってくる。
政策金利が3%台に近づけば株が下がるのではという懸念も出てくるでしょう。その段階では、AI需要が日本にどこまで広がっているかと照らし合わせて評価することになる。ただ、いまはそれよりはるかに手前の段階にある、と田中氏は位置づけています。
この記事のまとめ
- 米国はゼロ金利期に7割以上が固定金利で借りており、その後の利上げでも家計の消費が崩れにくかった。
- 日本は長いゼロ金利で変動金利の借り入れが主流になり、金利上昇が家計や不動産投資に直撃しやすい。
- 財政の利払い費も、低金利で発行した国債が入れ替わるにつれて時間差で増えていく。
- こうした制約から日銀は拙速に利上げできず、円高も140円台〜150円台程度にとどまると田中氏は見ている。
- 長期金利が3%台になれば、インフレ連動型を含む国債など債券も個人の現実的な選択肢になってくる。
金利上昇の影響を考えるとき、株価や為替の水準だけを追っていると見落とすものがあります。誰がどんな条件で借りているのか、その影響がいつ表に出るのか。借り手の構造と時間軸から逆算すると、当局が取りうる道筋と、自分の資産配分で備えるべき点が見えてきます。
本記事は、2026年8月20日開催「田中泰輔のマーケットゼミ 質問会」で語られた考え方を抜粋・整理したものです。1テーマに絞っており、質問会全体の内容は講座でご覧いただけます。
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