
世界の航空業界が「脱炭素」という大きな課題に直面する中、投資家の間で「持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel: SAF)」への関心が高まっています。電動化が困難な航空分野において、SAFはCO2排出量削減の切り札と目されており、欧米を中心に導入義務化の動きが加速しています。この市場は2032年までに年率40%を超える驚異的な成長が見込まれる一方、コストや原料確保といった課題も存在します。本記事では、SAF市場の全体像から、投資機会となる「追い風」、注意すべき「向かい風」までを多角的に分析し、今後の投資戦略を探ります。
持続可能な航空燃料(SAF)とは? - テーマ/セクターの全体像
持続可能な航空燃料(SAF)とは、廃食油、植物、都市ごみ、微細藻類といったバイオマス資源や、再生可能エネルギー由来の水素とCO2から合成される、従来のジェット燃料に代わる次世代燃料です。最大の特徴は、原料の収集から製造、燃焼までのライフサイクル全体で、従来の燃料に比べてCO2排出量を最大80%削減できる点にあります。航空業界は2050年までのネットゼロ排出を目標に掲げており、バッテリーや水素燃料といった技術が実用化されるまでの移行期間において、SAFは最も現実的かつ効果的な解決策と位置づけられています。市場調査によれば、世界のSAF市場は2025年から2032年にかけて年平均成長率(CAGR)42.6%で成長し、2032年には252億米ドル規模に達すると予測されており、まさに黎明期にある巨大成長セクターと言えるでしょう。
なぜ今が好機?3つの追い風(投資シナリオ)
- 強力な政策・規制による需要創出
世界各国の政府がSAFの導入を強力に後押ししています。特にEUでは「ReFuelEU Aviation」規則により、2025年から供給される全航空燃料の2%をSAFとすることを義務付け、その比率を段階的に引き上げる方針です。英国や米国でも同様の導入目標や税額控除制度が導入されており、規制によって需要が強制的に創出されるという、非常に強固な事業環境が整いつつあります。これは投資家にとって最も魅力的な追い風と言えます。 - 航空・エネルギー業界の本格的なコミットメント
IATA(国際航空運送協会)に加盟する多くの航空会社が、SAFの利用拡大を目標に掲げています。また、ShellやNesteといったエネルギーメジャーから、日本のENEOSに至るまで、世界中のエネルギー企業が巨額の資金を投じてSAFの製造プラント建設やサプライチェーン構築に乗り出しています。このように、需要側(航空会社)と供給側(エネルギー企業)の両者が一体となって市場形成に動いているため、業界全体の成長モメンタムは非常に強いものがあります。 - 技術革新と多様な原料ソースの開拓
現在は廃食油を主原料とするSAFが主流ですが、供給量に限界があるため、木くずなどのセルロース系バイオマス、都市ごみ、さらには大気中のCO2を原料とする合成燃料(e-fuel)など、多様な原料からの製造技術開発が世界中で進んでいます。これらの技術革新は、将来的な原料不足リスクを低減させると同時に、量産化によるコストダウンにも繋がるため、市場の持続的な成長を支える重要な鍵となります。
押さえておくべき3つの向かい風(リスク要因)
- 原料の安定確保とコスト問題
SAFの普及における最大の課題は、原料の確保です。主原料の廃食油は、SAFだけでなくバイオディーゼルなど他の用途との競合も激しく、世界的な需要増による価格高騰リスクを抱えています。新たな原料ソースはまだ商業生産の初期段階にあるものが多く、安定供給体制が確立されるまでには時間を要する可能性があります。原料コストの変動は、SAF製造企業の収益性を大きく左右する要因です。 - 製造コストの高さと経済合理性
現状、SAFの製造コストは従来のジェット燃料の2倍から5倍以上と非常に高価です。この価格差は、航空会社の収益を圧迫する大きな要因となります。各国の補助金や税制優遇策、そして炭素税などのカーボンプライシングがなければ、経済合理性だけでSAFへの転換を進めるのは困難です。政策の変更や縮小があれば、市場の成長スピードが鈍化するリスクは常に念頭に置く必要があります。 - 技術・インフラへの巨額な先行投資リスク
SAFの製造には、大規模なプラント建設や原料の収集・輸送網といった巨大なインフラ投資が必要です。また、製造技術も複数存在し、将来どの技術が主流になるか現時点では見通しにくい状況です。先行して巨額の投資を行ったものの、技術の陳腐化や競争激化によって投資回収が困難になるリスクも存在します。特に、まだ収益化が進んでいない新興企業への投資は、ハイリスク・ハイリターンな性質を帯びます。
関連する主要銘柄(日・米)
・Neste (Neste Oyj / NESTE.HE) : フィンランドに本拠を置く、再生可能燃料の世界最大手。特に廃食油や動物性油脂を原料とする独自の「NEXBTL」技術に強みを持ち、SAF市場のグローバルリーダーとして圧倒的な存在感を誇ります。
・Gevo, Inc. (GEVO) : 米国のバイオ燃料ベンチャー。トウモロコシなどのバイオマスからSAFや再生可能化学品を製造する技術を開発。大規模な商用プラントの建設計画を進めており、将来の成長ポテンシャルに期待が集まります。
・ユーグレナ (2931) : 微細藻類ユーグレナを活用したバイオ燃料開発で知られる日本のパイオニア。国産SAFの安定供給を目指し、製造実証プラントを稼働させるなど、商用化に向けた取り組みを加速させています。
・ENEOSホールディングス (5020) : 日本最大の石油元売り。既存の製油所インフラを活用し、2026年度までに国内で大規模なSAF商用生産を開始する計画を発表。国内のSAFサプライチェーン構築において中心的な役割を担うとみられています。
・日揮ホールディングス (1963) : プラントエンジニアリングの国内大手。廃食油を原料とする国産SAF製造プラントの設計・建設プロジェクトを複数手掛けており、SAF製造インフラの拡大と共に事業機会の増加が期待されます。
まとめ:今後の見通しと投資戦略
持続可能な航空燃料(SAF)セクターは、脱炭素という不可逆な世界的潮流と、各国の規制強化という強力な追い風に乗り、長期的な高成長が期待される非常に魅力的な投資テーマです。航空業界がネットゼロ目標を達成するためには不可欠な存在であり、その重要性は今後ますます高まっていくでしょう。
一方で、原料の安定確保や高コストといった課題も山積しており、本格的な普及にはまだ時間を要します。したがって、投資家としては、短期的な株価の変動に一喜一憂するのではなく、10年、20年先を見据えた長期的な視点でポートフォリオの一部に組み入れる戦略が有効です。その際、特定の企業に集中投資するのではなく、Nesteのような既に収益を上げているリーダー企業、Gevoのような将来性を持つ技術系ベンチャー、そしてENEOSや日揮HDのようなインフラを担う企業など、サプライチェーンの異なる役割を持つ複数の企業に分散投資することで、リスクを管理しつつ市場全体の成長を取り込むことが賢明と言えるでしょう。
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